週刊東洋経済(2001年12月22日号掲載 P110-P112)


第1回ポーター賞 2001年

ポーター賞受賞企業・事業
単一事業を営む企業の部
(順不動)
マブチモーター (小型モーター開発・製造・販売)
松井証券 (証券業)
複数事業を営む企業の事業の部
(順不同)
キヤノン レンズ事業部 (カメラ、事務機器などに使われるレンズ、レンズユニット開発・製造・販売)
HOYA ビジョンケアカンパニー (メガネ用レンズ開発・製造・販売)

 「われわれ経営者にとってマイケル・E・ポーター教授といえば、ミック・ジャガーかポール・マッカートニーかという存在。そのお名前を冠した賞を、しかも第一回目に受賞するという光栄に浴することができたのは望外の喜びです」
 12月6日、第一回「ポーター賞」の授賞式が行われた。冒頭は、受賞企業のうちの一社であるHOYA・鈴木洋社長による喜びのスピーチだ。
 「ポーター賞」は、一橋大学大学院国際企業戦略研究科が、日本企業の競争力向上を目的として創設した賞である。この賞の名前は、鈴木社長の言葉にもあるように、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授にちなんでいる。
 ポーター教授は、ハーバード大学のビショップ・ウイリアム・ローレンス・ユニバーシティ・プロフェッサーで、競争戦略論および国際競争力研究の権威である。ユニバーシティ・プロフェッサーとは、ハーバード大学の教員に与えられる最高の名誉であり、ハーバード・ビジネス・スクールの永い歴史の中でも、ポーター教授を含めて四人にしか与えられていないという。
 そのポーター教授は「日本は必要な資産、人材などをすべて持っており、国として世界的に競争できる資質を備えている。日本経済が活力を取り戻すことは難しいことではない」と言う。
 「ただし」と教授は言う。「日本の中で企業が変化するためには、一つのプロセスを経なければならない」。
 たとえば、五〇年前、1951年に日本科学技術連盟によって導入されたデミング賞が、日本企業に安価な製品による競争からトータルクオリティへの競争移行を促した。この運動によって、日本は永年の繁栄を享受することができたといえる。
 現在、閉塞感にあえいでいる日本において、企業の持つモデルが独自性を保てなくなり、ただ単にコストを削減し、品質を増すというものでしかないからである。リストラだけでは不十分なのである。リストラはある程度まで不利な部分を是正することはできても、競争上の優位性を獲得することはできない。
 ポーター教授が提唱する日本企業に必要なプロセスとは、収益を十分もたらすことのできる独自性のある競争戦略の理論と実戦を学ぶことにほかならない。そして今回のこの賞の創設が、その一つの契機になることをポーター教授は望んでいる。

"泣いて馬謖"を切っても 受賞企業は4社に

 ポーター賞は、製品、プロセス、経営手法においてイノベーションを起こし、独自性のある、優れた戦略を実践している日本の企業・事業部門に贈られる。賞には「単一事業を営む企業の部」と「複数事業を営む企業の事業部の部」との二部門があり、それぞれ各一社ずつ計二社が選出される。ところが、今回は第一回ということに加え、応募してきた企業自体のレベルが高かったこともあり、特例としてそれぞれ二社ずつ、計四社が選ばれた。
 選ばれたすべての企業に共通するのは、業界平均を大幅に上回る投下資本利益率(ROIC)と営業利益率を達成していること。競争戦略の理論と実戦を学ぶ場という以上、賞の選考は教育的であらねばならないとしながらも、ゴールは"利益"であることを明確に打ち出している点に、この賞の特徴がある。
 「単一事業を営む企業の部」で受賞したのは、マブチモーターと松井証券。マブチモーターは、カスタマイズ化が常識という業界にあって、小型直流ブラシ付きモーターの標準化戦略を半世紀にわたって継続。世界市場におけるシェア五〇%以上を数十年、維持し、高い収益を上げていることが評価された。
 松井証券は「何をしないか」の選択を行い、法人や取引経験の浅い個人をターゲットとせず、投信、ミニ株などに関するサービスもやめるという決断を下した。八〇年の歴史を持つ証券会社でありながら、既存のビジネスモデルを捨て、フルライン型証券ビジネスとの明確な差別化を図ったことにより、オンライン証券でシェア一位の座を勝ち得ている。
 「複数事業を営む企業の事業部の部」で受賞したのは、キヤノン・レンズ事業部とHOYA・ビジョンケアカンパニー(VCC)の二社(二事業部)。キヤノンのレンズ事業部は、創業以来、レンズの高機能化に特化し、光学ユニットに開発を絞り込むことで技術を深め、商品とレンズの相互誘発的な技術イノベーションの歴史を築き上げてきた。
 HOYA・VCCは、マブチモーターと対極をなすが、カスタマイゼーションが収益を圧迫することの多い日本の製造業の中で、高屈折プラスチックレンズのカスタマイズ生産というビジネスモデルを構築、販売量世界一、欧州におけるブランドを確立している(なお、受賞各事業の事例研究の詳細は弊社刊『一橋ビジネスレビュー』に収録へ)。

受賞も名誉だがプロセスも貴重

 「参加することに意義がある」のはオリンピックだけではない。このポーター賞も、受賞そのものはもちろん名誉なこと。だが、実は企業にとっては、応募から選考までのプロセスが貴重なものとなる。
 まず、応募段階で、書類を規定の項目で埋めなければならないため、自社の戦略を客観的に見直す機会が得られる。この書類に記入する段階で、自社の戦略が実は戦略という名の幻想ということに気が付いた企業もあったという。
 さらに第二次審査の段階では、戦略の独自性と優位性について、より踏み込んだ形で審査を行うため、リサーチチームによる徹底したデータの見直し、当該企業へのインタビューが重ねられる。
 リサーチャーによる調査が終了した後、まったくの無報酬で集まった四人の匿名審査委員を加え、一つひとつの企業を徹底的に討論する。ポーター教授はすべての資料に目を通しているので、選考された企業の戦略は、どこがいいのかはすべて頭に入っているはずだという。
 第一次審査を経て第二次審査が終了するころには、専門家によって企業の戦略の疑問点から有効性まで、すっかり洗い出されることになる。これは言い換えれば、多額のコンサルタント料を支払って、事業の見直しを行っていることと同じかもしれない。もちろん、コンサルを受ける場合と同様、守秘義務は徹底している。受賞に漏れても自社企業の戦略のどこに不足があったかは、質問すれば回答してくれるという。
 これまで企業戦略についての教科書はあっても、自社の戦略について自己採点するツールがなかった。「この賞が日本の変革へのプロセスを手助けするツールとして確立し、役立たせることができることを望んでいる」とは、授賞式でのポーター教授の言葉である。

継続は力なり やがては大きな変革の波に

 「貴方の会社はいつからエンターテインメント事業にまで事業を拡張したの」
 松井証券の松井道夫社長が、ポーター賞を受賞したことを奥方に告げたとき、このように言われたそうだ。童話の世界から飛び出し、今映画界で一躍有名になっている『ハリー・ポッター』に関連する賞と間違えられたそうである。
 「第一回受賞のわれわれが頑張らなければ、『ポーター賞』も童話の世界の話となってしまう」(松井氏)。
 ポーター教授も「これはあくまでも一つのプロセスの始まりであり、この賞が小石となって、やがては変革のうねりが波紋のように広がることを期待する」と、述べている。
 現在はまだ、一般の人々の中に「ポーター」と「ポッター」とを混同する人もいるようだ。だが、継続することによって、やがてはデミング賞のような、日本に変革をもたらす大きな力を秘めていることも確かである。
 第二回「ポーター賞」の応募は、来年、2002年の8月15日~9月14日。無料で自社の戦略を、一流の専門家に検討してもらえる機会は、約半年後に巡ってくることになる。

応募の過程こそ重要 戦略の観点から自己点検
一橋大学大学院国際企業戦略研究科長 竹内弘高

 ポーター賞の授賞式は、期待以上に盛り上がり、受賞企業にも、ポーター先生にも喜んでいただけたようで、うれしく思いました。ポーター賞創設を思い付いたのは、昨年、ポーター教授が私との共著である『Can Japan Compete?』の日本での翻訳本発刊で、来日されたときのことです。さて次に何をしようかという話になり、この本に絡めて、賞を作ろう、ということになったのです。日本企業に戦略を教育し、学習させることができないか、企業のゴールは利益であるというメッセージを送れないか。ポーター教授とは「日本は変わらねば」という思いで共通しており、賞の創設によって、具体的にワンステップ踏み込もうということになったのです。
 先生は自分の名前が付くことを、おこがましいと言われていましたが、かつてデミング賞がデミング先生の名前を冠したように、ポーター賞とすることとしました。今回の試みは大学から日本を変えようというもので、産学協同を学からイニシアティブをとったものともいえると思います。
 私と本学の大薗講師が、二次審査を通過した企業のインタビューを行いました。われわれは審査委員ではなく、審査委員へ応募内容をレポートする立場で、応募企業の審査のためのチアリーダー役を行いました。ポーター賞は応募形式の賞であり、社内関係部署と連絡して書類を作るのには、かなりの時間を費やします。このプロセスが重要で、おかげで戦略がなかったことがわかったという会社もありました。
 今回、授賞式には賞に選ばれなかった企業もすべてお呼びしましたが、私が接した皆さんはすがすがしい感じで、この賞に応募して、やることはやってみたという感じを持っていらっしゃるのではないでしょうか。
 この賞は応募も無料なら、賞金もなく、また審査員の先生方も無報酬でやっています。そうした精神を大切にしながら、長く続けて行きたいと思います。

ポーター賞のロゴデザインについて

ランドーアソシエイツInt'lの亀谷勉クリエイティブディレクターによるデザイン。コンセプトは「Out of Box」。戦略を、豊かな発想とそれを遂行する意志と実行力、さらに行使した結果のデファクトスタンダードの創造、という3つのアクションからとらえる。固定概念という枠を把握するためには360度、全体を見渡す大きな視点が必要であり、固定概念を突き破らなければ新たな価値は創造できない。