受賞企業・事業レポート

株式会社ほぼ日(受賞時 株式会社東京糸井重里事務所)

2012年度 第12回ポーター賞受賞 オンラインマガジン発行&物販業

「人は何をうれしいと思うか」を軸に、自ら価値を創造することにフォーカス。結果として高収益

業界背景・企業概況

img_2012_02_p.jpg東京糸井重里事務所の事業は、個人の読者を対象にしたウエブマガジン発行である。一般的に、個人向けウエブマガジンは、その主たる内容によって、エッセイ、評論、文化・教養、エンターテインメント、ニュースなどに分類できる。

個人向けウエブマガジンの戦略的変数は、1)ターゲットとする読者層の幅広さ、2)垂直統合の度合い―どれだけ内製するか、3)収入源―購読料、広告収入、オンライン・ショッピング・サービスの提供、などである。

これらの組み合わせから、3つの戦略グループが同定できる。第一のグループは、あまり垂直統合をしないで、内部だけでなく外部からもコンテンツを調達し、広告スペースを販売する。この形式で、更に、オンライン・ショッピングのサービスを提供する場合もある。現在、最も多くの購読者を集めているウエブマガジンは、このグループに属する。第二のグループは、プラットフォームとしての機能に特化し、ほとんど垂直統合していない。コンテンツは外部から調達し、読者投稿が中心となっていることも多い。第三のタイプは、自ら創造したコンテンツだけを掲載するもので、東京糸井重里事務所はこれに属する。

東京糸井重里事務所(以下、糸井事務所)は、ウエブマガジンで主流の戦略―広告収入を主たる収入源とする―を否定し、購読料も取らない。しかし、大幅に業界平均を上回る、収益性の高い事業を創造した。年間売上28億円、従業員48人。

 

ユニークな価値提供

糸井事務所は、「ほぼ日刊イトイ新聞」(以下、ほぼ日―「ほぼにち」と読む)というウエブサイトを運営している。創業者であり、編集長でもある糸井重里氏は、日本で最も人気のあるコピーライターであった(現在は、ほぼ日を活動の中心にしている)。

ほぼ日は、1998年6月6日の創刊以来毎日更新されてきた。掲載されているのは、糸井氏が毎日更新する巻頭コラム「今日のダーリン」、インタビュー記事、ルポルタージュ、「言いまつがい」などの読者投稿を編集したコーナー、などであるが、これらに共通のテーマは、日常に根差していることと、「人は何をうれしいと思うか」である。ほぼ日は、月110万読者を有する。

糸井事務所は、ほぼ日の運営を通して、生活関連商品の商品開発も行っている。「ほぼ日手帳」「ほぼ日ハラマキ」「うちの土鍋シリーズ」などは、ほぼ日でオンライン・ショッピングできる。

糸井事務所のターゲット顧客は、個人の読者である。個人の中をセグメンテーションすることはせず、老人から若者まで、女性も男性も、ターゲット顧客としている。その提供価値、「日常うれしいと思うこと」を、普遍的な価値のレベルで捉えようとしているからだ。

この価値提供の定義は、ウエブマガジンのコンテンツだけでなく、商品開発にも共通している。したがって、糸井事務所の商品は、日常を少ししあわせにする。例えば、ほぼ日手帳は、使いやすいだけでなく、毎日をより意味あるものにする手伝いをする。例えば、1)手で押さえていなくても180度開いたままになるので、片手で書き込みができる。2)一日一頁の構造にもかかわらず、薄くても文字が裏に透けない紙を使用することで、約460ページあるにも関わらず、文庫本のような薄さと軽さを実現している。3)全ての一日ページに、読むための「日々のことば」コーナーがある。4)スケジュールを書くだけではなく、日記やアルバム、スクラップブックなどとしても、使われている。

糸井事務所の価格戦略は、ウエブマガジンは購読料を徴収しない。しかし、商品は、付加価値を高め、それに応じた価格を設定するため、結果的に高めになる。例えばほぼ日手帳は、一般的な手帳が1,000円前後であるのに対して、3,500円である。大手雑貨チェーン「ロフト」の手帳部門で8年連続トップ売上を記録しており、高めの価格設定は顧客に受け入れられている。

独自のバリューチェーン

コンテンツ開発
糸井事務所では、商品開発もウエブマガジンの記事の開発も、どちらもコンテンツの開発と位置づけているので、これらの開発プロセスは、密接につながっている。

糸井事務所では、社員の内発的動機付けを最大に活かすために、意図的に開発プロセスの形式化を避けている。プロジェクトや部単位の売上目標や経費予算は作成しない。定期的な開発会議を持たず、また、年間開発件数を目標として設定もしない。ほぼ日の糸井による巻頭コラムは毎日更新することが決まっているものの、それ以外の記事については、定期的な更新が決まっていない。新しい開発プロセスは、社員が新しいアイデアを考えたり、外部とのコラボレーションで、自由に、始まる(他の誰かの承認を必要としない)。開発会議は必要に応じて随時行われ、非定型的である。節目で編集長の了解を得るミーティングは行うが、完成したものに承諾を得るというよりは、アイデアを一緒に膨らませる会議と位置づけている。形式的に承認を得るためだけのプレゼンテーションは、ない。

しかしながら、成功するプロジェクトの原則について同定し、プロジェクトのプロセスを通じて確認しあっている。その原則とは、「動機、実行、集合」の全てが揃っていて、社内にあるだけでなく、それぞれが社会とつながっていることだ。「動機」とは、すべてのコンテンツの開発が、自分が面白いと思う、心が動く、あるいは違和感を持ったところから出発していること。それを、「人(=じぶん)」は何をうれしいと思うか、という普遍的な域まで深めること。「実行」とは、「動機」を形にすること。原稿書きやページデザイン、商品の企画から製作まで。「集合」とは、お客様が集まってくれる、一緒になってくれて、楽しんでくれる状態を作り出すこと。

また、開発するコンテンツの品質については、厳しい規律が共有されている。独りよがりでなく、自分を含む社会全般からも暗黙のうちに求められている「日常うれしいと思うこと」は、万人に共通するはずであり、ある特定の年齢層にしか受け入れられない様な企画は、幅広い年齢層の人に受け入れられるところまで深められる。

糸井事務所では、調査票などを使った市場調査は行わない。しかし、社員が顧客として考え、原稿案を社員全員にコピー送信することなどで他の社員全員の知恵を借り、また、顧客からの感想や問い合わせを社員全員が受信することで、社会全般から暗黙のうちに求められている「日常うれしいと思うこと」、の理解を進めている。

オペレーション
糸井事務所は、商品の注文を受け付けるが、製造・物流については外部の業者に委託している。商品は、受注生産することが多く、糸井事務所は在庫をあまり持たない。

マーケティング・販売
糸井事務所は、口コミを通じて顧客の認知を増やす。商品については、ウエブマガジンで語り、マス広告を行わない。販売促進のための電子メールは、年間数回程度に限定している。

アフターセールス・サービス
読者からの感想は全て、全ての社員に共有され、社員が、担当のプロジェクトの読者だけでなく、幅広い読者の関心事に対する理解を深める助けとしている。返信は当該プロジェクトのメンバーが行ない、これも、全社員に共有される。

R&D
糸井事務所は、表現技術とICTの二つの分野でR&Dを行っている。表現技術では、丁寧な会話体を特徴とし、27文字改行や独特の文体などの開発を行った。丁寧な会話体は、同社が隣人と位置付ける読者との距離感を表現する手段である。ICTについては、ウエブサイト開発、コンテンツ管理、動作管理、オンライン通販のシステム開発など、ウエブマガジンの独自性を発揮するために必要な機能は、全て内製している。

人的資源管理
糸井事務所では、「誰に主に相談し、判断を仰げばいいか」をベースに、組織図が作成されている。そこには、定番商品プロジェクト・チーム(全体進行、商品別プロジェクト)、ほぼ日編集部、デザイン部、マーケティング部、事業支援部などがある。業務は、部署を横断するプロジェクトがベースで、一人の社員が複数プロジェクトに参加する形式をとっており、各部門が有機的につながっている。定番商品プロジェクトに関しては例外的に会社が人事を決めるが、それ以外のプロジェクトは、そのプロジェクトの動機に関心があるメンバーが形成する。

個々のプロジェクトは、担当チームがオーナーシップを持ち、プロジェクトの最初から最後まで担当する。プロジェクトリーダーは、品質に対する最終判断を担うが、指示、命令、評価の権限はない。「動機を持つ」「アイデアを出す」「周囲と相談をしながら進める」「最終的なアウトプットに責任を持つ」ことでリーダーシップを発揮する。

糸井事務所では、評価と動機付け、規律は、お客様と同僚に「見てもらっている」「見られている」状況を作り出すことで、実現している。アクセスや売上、お客様からのメールやツィッター、それへの返信がリアルタイムに全員に共有される。上に挙げた部は、毎週のミーティングで業務進行を共有したり課題を話し合い、その議事録を全社員宛てにメールで共有する。このように、個々の判断、アクションの結果、考察などがタイムリーに全員に共有される。

糸井事務所では、全ての社員に、柔軟な勤務形態を勧めている。また、社員に、公私混同を勧めており、学校の夏休み期間には、社員の子供が会社で遊んでいて、手が空いている他の社員が宿題の相談に乗っていることもある。

採用は、募集する業務に関わる社員を人事担当がコーディネートし、業務の将来像や必要な人材像をチーム内で徹底的に話し合いながら進める。

全般管理
糸井事務所は、組織全体での情報共有を積極的に行っている。人的資源管理の項目で述べた部門間の情報共有は元より、毎週水曜日には、全員が出席するミーティングで、社長が、会社の姿勢、長期的な社会展望や事業展望、具体的な企画の意義、結果の振り返り、会社の経営状況の説明などを語る。また、年に三回、くじ引きで席替えが行われ、普段の仕事の範囲を超えて、様々な社員が隣同士になるようにしている。

活動間のフィット

糸井事務所の活動システムは、「日常的なたのしみを最適な形でコンテンツ化」「B to Cに集中」「動機・実行・集合の3つの軸をモニター」「大勢のお客様との隣人のような信頼関係」「フラットで自由、かつ方向性の一致した組織」を核として、整合性の高いシステムを形成している。(活動システム・マップを参照ください。)

戦略を可能にしたイノベーション

  • ウエブマガジンの記事と商品が、共に、コンテンツであるという位置づけ。
  • 読者を「好きなときに出入り自由な隣人」と位置づけ、囲い込まない。

戦略の一貫性

糸井事務所は、1998年6月の「ほぼ日刊イトイ新聞」の創刊以来、そのタイトルが表しているように、文字中心のコンテンツ、ターゲット層を絞らない、幅広い事業内容(新聞社は新聞の発行以外にも球団運営やイベント企画を行う)を念頭においていた。

新聞との違いは、購読料を取らないことや、広告を売らないことだ。これも、当初から明確であった。なぜならば、「ほぼ日」の創刊目的は、1)インターネットによって可能になった、消費者と対等で自由な雰囲気の中で直接つながる場を作ること、2)その場を使って、「日常を生きていくなかで楽しんだり喜んだりしていることにクリエイティブをのせて、のびのびと消費者とやり取りすること」、だったからだ。「価値を創出し、加速させる考え方がイニシアチブを取る。こういったアイデアがイニシアチブを取れるよう、自分達が最終的に決裁できる仕事、動機が持てる仕事だけをする」ために、広告も購読料も否定してきた。ここに、もう一つの戦略の軸、「日常うれしいと思うこと」への注目も確認することができる。

創業時、収益面での目処が立っていたわけではなかった。しかし、まずは、優れたコンテンツを提供し、読者と「隣人としての信頼関係」を築くことを重視した。ほぼ日創刊から1年半ほど後、1999年秋、社員のユニフォームとしてTシャツを作成した際に、読者に販売することが考えられた。予想以上の申し込みに、商品販売による収益化を目指すこととなった。商品販売はその後、手帳、腹巻、土鍋と続くが、販促メールを控えるなど、読者と「隣人としての信頼関係」を崩す活動は行っていない。

トレードオフ

  • ウエブサイト上で広告を売らない。
  • 広告記事を載せない。
  • 他社の社内報の編集請け負いなど、編集機能を使った事業多角化をしない。
  • 一般的にニュースと呼ばれる情報は、新しさに主な価値があり、自社が価値創造のイニシアチブを持たないので、掲載しない。新しさが社会の「たのしさ」につながることは否定しないので、既存のものに新しい切り口を見出して伝えたり、自ら新しさをうみだす事を行う。
  • 価格競争をしない。
  • ウエブページのデザインを標準化しない。標準化すれば、新しいコンテンツを貼り付けるだけで業務が効率化できるが、ページレイアウトも表現手段である。
  • ウエブサイト開発・管理、ICTシステム開発・管理を外注しない。
  • カスタマーセンターを外注しない。
  • チームリーダーに、指示・命令・評価の権限を与えない。
  • チームや部門に、販売目標や読者数の目標を設定しない。
  • 紙ベースの雑誌や店舗など、リアルなチャネルを運営しない。
  • 読者の囲い込みをしない。
  • 他のウエブサイトから読者の引き込みを行わない。
  • 商品の販売促進の電子メールを読者に極力、送らない。
  • 価値提供に反するような読者数拡大の施策を打たない。

収益性

投下資本利益率と営業利益率ともに、業界平均を一貫して大幅に上回っている。

活動システム・マップ

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第24回 ポーター賞 応募期間

2024年5月 7日(火)〜 6月 3日(月)
上記応募期間中に応募用紙をお送りください。
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