受賞企業・事業レポート

東海バネ工業株式会社

2008年度 第08回ポーター賞受賞 ばね製造業

ばねの多品種微量受注生産に特化。人材育成とITシステムによる支援で、全ての顧客を上得意として満足させる。

業界背景・企業概況

国内には3,000ものばねメーカーがあると言われている(2007年)。国内ばね市場はバブル期にピークを記録し、1990年代初期に底を打ったが、現在でもピーク時の8割に留まっている。国内市場縮小の主な理由は、顧客の多くが生産を海外に移したことだ。ばねメーカーにとって主な顧客は自動車と弱電業界で、市場の約85%を構成する。これらの顧客からの注文は少なくとも数万個のレベルであり、大量生産の体制が求められる。大手ばねメーカーは、これら主要顧客をターゲットに大量生産体制を整えている。一方で、小規模なばねメーカーは、あまり自動化されていない工程を熟練作業者が担っているが、事業の成長性、および、熟練作業者の引退が経営課題となっている。

東海バネは、多品種微量受注生産に特化したばねメーカーだ。顧客の欲しい性能、機能を持ったばねを、顧客が欲しいときに、1個からでも提供する。あらゆる種類、あらゆる材質の金属製ばねを、オーダーメイド専門に設計、製造、販売しており、平均受注量は5個、注文あたり平均受注金額は6.8万円だ。

ユニークな価値提供

東海バネのターゲット顧客は、少量のばねを必要とする顧客で、発電所など重電業界、工作機械メーカー、造船業、鉄道関連の機器メーカー、自動車や弱電業界の研究開発部門、大学の研究室などが相当する。

東海バネが提供するばね製品は、コイルばね、皿ばね、角ばね、竹の子ばね、板ばねなど種類が多様で、サイズも直径1ミリ以下のものから、高さ1.2メートルのものまで様々だ。使用する金属も多様だ。性能も、原子力発電所で使用される40年間保証のばねや、橋梁に使用される100年保証のばねなど、耐久性を誇るものから、日本初の赤外線天文衛星「あかり」に採用された幅3ミリの極小ばねのように精密さが求められるものまで、多様である。

東海バネが提供する価値の第一は、顧客が求める性能・機能を持ったばねを、顧客が欲しいときに、1個からでも欲しい量だけ(ただし微量に限る)提供する」ことだ。納期遵守率は99.94%であった(2007年実績)。

第二は、幅広い問題解決である。様々な形状、素材、性能のばねの設計、製造の経験を蓄積しているので、顧客が数年かけて検討しても解決しなかった問題が、東海バネによって解決される例も多い。

第三は、再注文の際の利便性である。たとえば、製鋼メーカーなど、10年に一度ばねを取り替える必要がある顧客は、前回注文と同じばねを簡単に注文することができる。東海バネが1983年以来、全ての注文の設計・製造情報を記録しているからだ(2007年度は年間28,534件の注文があった)。

東海バネは低価格を提供価値としていないので、値引きは行なわない。

独自のバリューチェーン

R&D
東海バネの技術開発は、主に3つの領域で行われている。一つは、ばね設計、製造における熟練職人の技能の解析である。現在はあらゆる種類、材質のばねを設計・製造するためのノウハウがデータベース化されており、作業者に必要な情報が「製作指示書」によって提供される。第二は、ばねの設計、製造技術の進歩である。100年保証のばねなど、特殊な事例に取組むことによって、技術力を強化してきた。第三は、ITシステムの開発である。1970年代後半から延々と続いているこの取組みの結果、現在では、「製作指示書」の他、受発注管理、納期管理など、あらゆる工程がITシステムの支援を受けている。

インバウンド物流
ばね材料の鋼材は一般市場に流通していないため、受注生産を行なう東海バネが、注文が入ってから調達したのでは間に合わない。東海バネは、過去のデータを基に、約2000種類の鋼材を常時、適正量在庫している。調達の基準は、価格よりも品質である。

受注管理
納期遵守は東海バネの重要な価値提供である。お客様に実現可能な納期をお知らせするためには、製造負荷状況を把握することが必要だが、東海バネでは工程終了ごとに情報を入力することで、リアルタイムの製造負荷を把握している。また、「できる納期でしか受けない」というポリシーを有している。

設計・製造
平均製造ロットが5個程度であり、しかもばねの素材や種類が多様であるのが、東海バネの製造プロセスの特徴である。これを可能にするため、東海バネでは、工作機械による製造工程の自動化ではなく、汎用性の高い製造装置とばね職人の手作りを中心としている。ばね職人を支援するため、必要な情報が「製作指示書」によって提供される。これによって、東海バネでは、多くのばねの設計が受注から12時間以内に完成し、一回で正しく製造される。これは、多品種微量生産を効率的に行なうために必要である。

マーティング・セールス
東海バネの顧客維持率は高く、2007年の受注の87%が既存顧客からであった。同時に、新規顧客を獲得も活発に行なっており、2007年までの過去5年間、年平均200の新規顧客を獲得した(同時期に受注した顧客数は年962先)。

注文の開拓は、プルとプッシュの両方のマーケティング体制で行なっている。まず、プル・マーケティングとしては、2003年より、同社のウエブサイトにばね技術のe-Dictionary型サイトを設け、技術情報を積極的に公開している。それまで同社の存在を知らなかった大企業の研究開発部門や大学の研究室などの開拓に効果的であった。

次に、プッシュ・マーケティングとしては、コイルばね専任、皿ばね専任といった、商品別の専門性を有する3名からなる「マーケティンググループ」が、航空宇宙関連や原子力関連の研究所などを訪問し、同社のばね技術について情報提供する。

受注は、電話とインターネットの両方のルートが開かれている。技術対応、見積もり対応、受注対応を専門とする10名からなる「マザーステーショングループ」が、顧客からの技術的な問い合わせや設計依頼に対応し、見積もり依頼に迅速かつ正確に対応する。インターネット経由の受注は、2005年から倍増し、2006年には売上の5-6%を構成している。

東海バネは、新規顧客を含む全ての顧客に「自社が東海バネの上顧客である」という認識を持ってもらうことを顧客対応のポリシーとしている。したがって、過去の取引履歴、個別発注の量などによって価格に差をつけない。

人事管理
人材管理は、「従業員の成長が企業の成長」という哲学を中心に構築されている。人材評価の基本は、どれだけ成果をだしたかを相対的に評価するのでなく、個人の能力向上をどれだけ果たしたかに重点を置く「絶対評価」である。したがって、学歴や経験に左右されない。

個人の能力向上に資する教育の多くはOJTを通じて行なわれるが、さらに、個人の能力向上を促すため、社内技能検定制度を作り、また、国家資格などの取得を支援する助成金制度を持っている。社内社外いずれも、資格取得後には一時金を支払い、給与・賞与へのフィードバックを行なっている。

社内技能検定制度によって技能が明確に定義されていることは、従業員のキャリア開発を支援している。個人のスキル情報は各部署で管理され、開発計画が立てられる他、年2日、全従業員が自らのスキルマップを携え、15人ほどの役員に対して、自己開発計画を発表する。

東海バネでは、「会社のために仕事をするな。自分のため、家族のために仕事をやろう」「従業員満足を高めることが、顧客満足度の向上につながる」との考えの下、有給休暇の取得、残業の短縮を積極的に進めている。また、「クリーン、フェア、オープン」という社風の下、従業員に経営情報が、イントラネットを通じて開示されている。

これらの人事管理施策の結果、東海バネでは、離職率がほぼゼロである。また、設計、製造、品質管理部門で働く従業員の平均年齢は32歳から33歳の間であり、熟練技能者から若手技能者へ技能の引継ぎが行なわれている。

活動間のフィット

東海バネの活動システムは、高品質の製品、多品種微量生産、顧客の欲しいときに欲しい量を提供する、多品種微量のオーダーメイドに特化した営業、従業員満足経営という戦略上コアとなる選択を中心に、これらを実現する活動によって支えられている。(活動システム・マップを参照ください。)

戦略を可能にしたイノベーション

  • 非常に多様な多くのばねで、一発設計、一発製造を可能にするデータベースと職人育成の体制
  • 新規顧客であっても、「自社が東海バネの上顧客である」と感じられるような顧客対応
  • 通常は社外秘扱いとされるような、生産ノウハウやデータベースの公開

戦略の一貫性

多品種微量受注生産という東海バネの戦略は、一時期に逸脱が見られたものの、創業時より一貫している。同社の歴史は、この戦略的ポジショニングをどのようにして実現するか、に関しての工夫と改善の積み重ねである。

東海バネが創業した1934年、東海バネは後発ばねメーカーであった。創業から1960年代まで、大手先発メーカーが受注しないような、ばねの少量オーダーに特化した。当初はコイルばねに特化し、小型から大型まで幅広いサイズに対応していたが、板ばね、サラばねなど、扱えるばねの種類を徐々に増やしていき、多品種微量受注生産の基礎を形成した。しかし、収益性が確保できる仕組みを構築することができなかったため、1970年代に入り、標準品や中量受注を手がけ始め、失敗した。オーダーメイド専門のばねメーカーへの回帰を決め、1978年、オフィスコンピュータを導入し、顧客履歴、発注履歴のデータベース化に取り掛かり、その後の継続的なITシステムの改善によって受注生産の効率化と納期遵守が可能になった。さらに、新規顧客の獲得、付加価値の周知によるウィリングネス・トゥー・ペイ(WTP)の改善、サプライチェーンマネジメントの一層の効率化などが、2003年以降のインターネットの積極活用によって実現した。

トレードオフ

  • 価格競争をしない。販売促進のための値引きをしない。
  • 微量より多い注文を受けない。(100から200個程度の注文の場合、東海バネが設計し、パートナー企業に製造を委託する。それよりも多い注文は受けない。)
  • 納期が守れない注文は受けない。
  • 工作機械に依存しない。職人の技能を伝承する。

収益性

東海バネの収益性は、投下資本利益率において4年間の業界平均を2.0%ポイント下回ったが、営業利益率において4年間の業界平均を2.7%ポイント上回った。ポーター賞は、業界平均を上回る収益性、特に、投下資本利益率を、ユニークさが維持可能な優れた競争戦略の指標の一つとして重視しているが、東海バネについては、例外を認めることとした。

比較対照は、日本政策金融公庫(旧 中小企業金融公庫)の融資を受けている中小規模のばねメーカーである。彼らの平均投下資本利益率は東海バネよりも高いのだが、分母にあたる投下資本の額は、東海バネがより多くを投資し、かつ増加し続けているのに対して、業界は減少傾向にある。分子にあたる営業利益も、東海バネが飛躍的に成長しているのに対して、業界はゆるやかにしか成長していない。売上高にいたっては、東海バネが年率9パーセント弱で一貫して増加したのに対して、業界はほぼ同じ水準で上下動を繰り返している。

つまり、比較対照企業は、事業に積極投資することなく、また、成長することもなく、収益性を維持しているのであり、いわば、刈取りの時期に入っていると考えられる。これに対して東海バネは、目指すユニークな戦略的ポジショニングの実現に向けて積極投資している。それが顧客から評価されていることは、売上高や営業利益額の伸び、営業利益率の高さに表れている。売上高20億円の中小企業が、ばねという成熟した製品分野で、ユニークな戦略的ポジショニングを果敢に築きつつあることを、ポーター賞審査委員会は評価した。投下資本に対する収益性はまだ競合に劣るが、現在の投資は、将来、より高い収益性に結実すると期待する。

活動システム・マップ

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第24回 ポーター賞 応募期間

2024年5月 7日(火)〜 6月 3日(月)
上記応募期間中に応募用紙をお送りください。
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